インシリコデータ株式会社関連ブログ;Blog of the In Silico Data Ltd..

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2013/06/24

セミナーに出席して感じた事と考え (1):Impressions and my thoughts felt to attend the meeting (1)

「iPS細胞創薬の現状と課題(Current status and issues of  innovative drug development on the iPS cell)」セミナーに参加して感じたことと私の考えです。


  先日(6月19日(水))開催された日経バイオテクセミナーの、「iPS細胞創薬の現状と課題」と題したセミナーに参加しました。
  会場は満席で、追加の椅子も用意されましたがそれも満席の状態で、iPS(人工多能性幹(induced Pluripotent Stem ))細胞に関する注目度が極めて高いものであることを実感させられました。

 セミナーのタイトルにもありますように、iPS細胞に関する研究の流れが、「iPS細胞を用いた再生医療」から、「iPS細胞を用いた創薬」へと大きく変化していることを実感させられるセミナーでした。
 私は実際にiPS細胞を用いての実験を行なっているわけではありません。 従って、ニュースや関連文献等の間接的な情報でしかiPS細胞の現状を知るだけでした。 このため、山中先生がかなり慎重なお話をされる態度に、そんなものかなーと感じていました。

 以下に私の頭に強く残りました内容について列記します。
1.正常細胞からiPS細胞へと導く技術に関する特許は山中先生グループによる努力で日本が押さえた。 しかし、このiPS細胞を利用目的とする臓器細胞へと導く技術は、欧米によるES(胚性幹(Embryonic Stem ))細胞に関する一連の研究実績により欧米諸国での特許化が進み、全体としてみると欧米の方が日本より進んでいる。

2.iPS細胞の適用として再生医療が大きくクローズアップされているが、今後のiPS細胞の大きな適用分野としては創薬分野が有望である。 特に毒性等のスクリーニング分野への適用に期待が持てる。

3.適用目的の変更により、iPS細胞に要求される必要事項が変化する。 特に、iPS細胞から臓器への導入に関し、完全に人臓器の機能を再現するという必要性は大きく変化する。

  講演最後のパネルディスカッションでは、「iPS細胞の専門家は人臓器機能の完全再現を目指して頑張っている」との感想が述べられました。 同時に、これは非常に大事な目標ではあるが、極めて時間のかかる困難な道である。 今回のセミナーのタイトルにもあるように、再生医療以外の分野への適用ではこの目標にこだわりすぎる必要はなく、見方を変えた基準事項/目標や品質を考えてもよいのではないかという意見が出ました。
  確かに私もこの考えに賛成です。 再生医療では確かに人臓器機能の完全再現が重要ですが、毒性スクリーニング等の目的であるならば、別の問題の方が重要になります。 つまり、毒性試験を行なうために十分な量のiPS細胞や人臓器に変換された細胞の安定供給。 また、この場合の品質が国内および全世界で同一であること等の問題です。 毒性試験が安定的、かつ再現性良く実施できることが大切です。 この場合、毒性試験を効率よく、あるいは高感度で検出/再現できるiPS細胞とは何か、という観点でiPS細胞を見直すことも大切ではないでしょうか。




文責: 株式会社 インシリコデータ 湯田 浩太郎





2013/06/01

これは薬理活性デザイン、毒性デザインそれとも副作用デザイン?: Is this an activity design, toxicity design or side effect design?

◇なんかのかけ違いでしょうか? Something is wrong ?

  いつも不思議に思っているのですが、以下の事一緒に考えてみませんか。 何かわかったら教えていただければと思います。

  インシリコ技術に基づいた創薬の主たる技術としてドッキングがあります。 このドッキングを行なう前提となる生物学的な基本は、薬が薬効を示すためにはターゲット蛋白と化合物(薬)が反応するか、蛋白の機能を停止するか邪魔しなければならないという前提であることは理解できますね。 このためには、化合物(リガンド)が蛋白上のしかるべき場所にドッキングしなければならないという事も理解できますね。 この前提に基づいてドッキング研究による薬物設計が行なわれるわけです。

  このドッキング研究を行なう時、化合物が蛋白のしかるべき場所(ポケット)にうまくフィットしているか否かを評価する事が必要です。 これもわかりますね。 これができなければ、極端な場合、化合物が蛋白とドッキングしているか否かの評価ができなくなりますから。 ドッキング研究を行なう場合、フィッティングに関する何らかの評価技術は必須であり、ドッキング研究の成果に大きな影響を与えるキー技術であることは間違いないでしょう。
  ここまでは私にも良く理解できるのですが、次からが良く分からなくなってしまうのです。

◇ ドッキングは物理、化学、あるいは生物?  Is this a physics, chemistry or biology ?

  フィッティングを評価する関数として様々なものが提案されているようですが、その多くは物理的な指標を用いたものです。 これも現時点ではこのようにならざるを得ないでしょう。 しかし、現在のフィッティング関数は化合物がレセプターサイトの複雑な形状にうまくフィットしたか否かを評価するだけの極めて単純なものと感じます。 たとえ物理的に単純な指標を用いたフィッティング関数であっても、キー&ロックの言葉のように変形の無い固い個体どうしの当てはまり度を確認するものであるならば、これらは極めて有効なものとなるでしょう。 
 しかし、ドッキング研究が創薬を最終目標とするならば、その基本は生体に起こっている事象を忠実に反映あるいは利用することであり、この場合は生物学が基本となるでしょう。 少なくとも、生物学的な動きや現象を色濃く反映するフィッティング関数となるべきですね。 生物学的な現象は、柔らかいものどうしのキー&ロックであり、さらに水等の混在物、複雑な相互作用、反応性、化合物や蛋白の時間的な変化等々の極めて多数の要因を反映したもので評価することが必要です。

  現在利用されている多くの評価関数は物理的な特性情報が中心となって構築され、生物学的な現象の一部(結合の観点)のみを色濃く反映しています。 すなわち、どの程度レセプターサイトにフィットしているかに注力した物理的な観点中心で、しかも結合の精度や速度にフォーカスが向いている感じがします。 私は、精度の問題は重要ですが、物理的な精度と生物学的な精度は同じ土俵では扱えないものであると思っています。 この観点でいうと、ドッキングの実施目的が創薬であるならば、本当に大事なのは化合物の生物学的な挙動を色濃く反映したものであるべきと考えます。 

  結合中心の評価関数であると、レセプターサイトに、より強くフィットする(一度くっついたら離れない?)化合物ほど理想的なリガンド化合物となります。 つまり、形状情報中心で評価するものであり、これでは単に複雑な形状に化合物がどの程度フィットしたかどうかの見極めを行なうだけの評価となるでしょう。  しかも現在は、このフィッティングの精度や処理の早さを競っているようですが、創薬という観点でみた場合、本当にこれで良いのでしょうか。 確かに、ドッキングに関する先のブログにもありましたように、生物学的な観点や化学的な観点を忘れないような工夫や留意点がまとめられています。 たしかに、これらを実現するだけでも生体内の問題を扱うためには極めて大変な作業となることは容易に想像できますが・・・。

 
  しかし、創薬というものは生体内で起こっている現象をうまく利用する事であるという考えに立つならば、ドッキングといえども物理や計算機中心の問題として考えることは極めて危険と考えます。 この観点で言うと、ドッキングの本質は、先にも述べましたように生物学であるべきであり、常にこの意識を失わないことが重要と考えます。


◇ これって創薬? 毒物設計? 副作用設計?  Is this drug design, toxicity design or side effect design ?

   生体内に存在する蛋白は、腫瘍や体内に取り込まれた菌やウイルス等の一部の例外を除けば不必要で意味無く存在するものは一個たりとも無いはずです。 この意味で考えると、もともと生体内で何らかのミッションを果たしていた蛋白の全てが化合物の不可逆的な結合により失活してしまったならば、本来その蛋白が受け持っていた機能を果たすことが出来無くなることは明白です。 この結果、生体は何らかの大きなダメージを受けるだろうという事は容易に想像できますね。 下手をすれば死んでしまうか、ラッキーであっても何らかのダメージ(副作用や後遺症等)を生命体本体に受けてしまうことは明白です。

  現在のドッキングは生物学的な働きをあまり考慮しない物理的な評価関数ばかりを用いて、蛋白とリガンド化合物の結合の強さをターゲットとし、その精度や早さばかりを追っている感じがしてなりません。 これでは、蛋白のレセプターサイトにピッタリと結合するようなリガンド化合物が理想的な化合物として設計されてしまう事になりますね。 確かに、結合の観点だけからドッキングをみると正しい選択です。 しかし、ドッキングの実施目的は、化合物と蛋白の結合度を見る程度の単純で、動きの無い死んだドッキングを行なうものではありませんね。 真の目的は、もっと生体内でダイナミックに起こっている生きた現象を追跡することで薬をデザインする事にあると思います。 

  ドッキングの評価関数自体が単純で、物理的な観点しか考慮されていないものを用いるならば、蛋白ポケットにピタリとはまって、二度と離れないような化合物が優先的に設計されることになります。 これは、化合物にくっつかれた蛋白からみると、その蛋白は永久にその機能を失なうことを意味します。 即ち、結合の強さのみを見ていては、いくら精度を上げたとしても、その努力は意味のないもので、結果的には蛋白を永久に失活させる毒性化合物副作用を起こす化合物を設計していることになるのではないでしょうか? これは私がいつも思っている素朴な疑問の一つです。
  このような問題は、ひとつ前の記事で紹介いたしましたドッキングに関する先のブログでは考慮されておりませんでした。 先のブログのドッキングを車に例えると、車を正しく動かすためのルールや技術がまとめられたものとなるでしょう。 先のブログが主張しているのは、ドッキングであってもルール無視や違反した運転は危険であるという警鐘ですね。 


◇ 創薬の基本は、生体の動きに基づいた生物学にあると思います。  The drug design must be constructed on the biology based on the movement of the body..

  薬は生体内で起こる生物学的な現象をうまく利用する事でその薬理効果を発現するものです。 
  この観点でみた場合、蛋白のレセプターサイトにピタリとはまって何らかの薬理効果を及ぼすことは大事ですが、これだけではこのリガンド化合物は薬になっていません。 生体にとっては毒物かもしれませんし、想像もしない副作用をおこす化合物かもしれません。 蛋白に結合したら二度と離れない化合物は、生体にとっては薬というよりも毒に近いかもしれません。 薬のデザインとはこんなに単純なものではないと思います。 

  例えばヘモグロビンは酸素濃度の高いところで酸素と結合し、酸素濃度が低いところで酸素をリリースします。 これで、生体内に酸素を供給するという重責を担っているわけです。 しかし、同じヘモグロビンに結合するシアンは、一度くっついたら二度とヘモグロビンから離れず(酵素を失活させる)、酸素と結合するヘム本来の機能を阻害して生物を死に至らしめますね。 二度と蛋白から離れないような化合物は生体にとっては毒となる可能性が強いと考えるのが自然と思います。


  
◇ 生体反応の基本は可逆反応であり、不可逆反応ではありません。 Fundamental of biological reaction is a reversible reaction but irreversible reaction

  元々化合物は生体にとっては異物にしかすぎません。 従って、薬として本当に大事なのは、蛋白に結合してその役割を果たした後と思います。 役割を果たしたならば速やかに蛋白から離脱し、生体内で代謝されて体外に排出される。 基本的に生体内での反応は可逆反応であり、一方通行の不可逆反応ではないと思います。 薬としての例外はペニシリン等の抗菌剤のような極一部のもので、これは不可逆反応を利用していますが、基本的に人間とは関係のない細菌の生体メカニズムをうまく利用したものです。 これであっても、役割を果たした抗菌薬は菌とともに速やかに体外に排出されなければなりません。 このように、薬は可逆反応を基本とすべきであり、不可逆反応に導く可能性の高い化合物は毒物あるいは副作用に繋がる可能性の高い化合物ですので、設計すべきではないと考えます。 
  この可逆反応を実現するのが薬の設計の基本であり、これが薬たるゆえんでしょう。 これが、最近意識され始めている、創薬へのADME/Tの導入の考えに繋がる事実かと思います。

  数学や物理等の技術をインシリコに用いることは否定しませんし、きわめて強力なツールとなります。 しかし、対象が生命現象であるならば生物学を基本とし、生命現象を可能な限り反映した形での数学や物理であるべきと考えます。 生命現象の基本をあまり考慮せずに物理的に単純化された現象やパラメータ等に置き換え、結果として生物学的観点上殆ど意味のない単なる精度や計算速度を競う形に変えられたインシリコ創薬というものは、タイトルにも書きましたように、何かかけ違いをしているのではないのではないかと不安を感じてしまうのです。 
  フィッティング関数にしても、単にレセプターサイトとの結合力のみならず、役割を果たした後の離脱性等も考慮した関数にすることが必要ではないでしょうか。 生命現象を単純な物理パラメータに置き換え、精度や速度の問題にすり替えるのではなく、複雑な生命現象を少しでも多く反映する物理パラメータやその組み合わせ、そして数式の構築に力を注ぐべきと考えています。 また、完全な創薬に持ってゆくならば、離脱後のADMEや安全性への考慮も必要になります。

  皆様はどのように考えますか。 何かアドバイスやコメント等いただければ幸いです。



文責: 株式会社 インシリコデータ 湯田 浩太郎