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2013/04/10

iPS細胞を用いた毒性スクリーニング:Toxicity screening using iPS cells

◇iPS細胞のもう一つの適用分野;毒性スクリーニング:
  Another application field of the iPS cells

  iPS細胞というと、どうしても再生医療を最初にイメージしてしまいます。 しかし、iPS細胞を用いた毒性スクリーニングもiPS細胞の利用分野として大きな比重を占めることになりそうです。 3月末に開催された日本薬学会年会で、このiPS細胞を用いた毒性スクリーニングに関するシンポジウムが企画され、興味を持って聴いてきました。

iPS細胞(induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞、誘導多能性幹細胞)
ES細胞(Embryonic stem cells:胚性幹細胞)



◇iPS細胞を用いた毒性スクリーニングの特徴:
  Special characteristic of toxicity screening using iPS cells

  現在の創薬、機能性化合物開発および環境関連研究では、毒性評価の問題が極めて重要な問題となりつつあります。 膨大な開発費をかけて開発した医薬品に副作用や毒性が出たら、全てを失い、また企業としての信用やイメージも大きくダウンします。 また、EU等で広がっている動物愛護の立場から、動物を用いた動物実験も厳しく制限されつつあり、今後さらに厳しくなることが予想されます。 以上のような様々な環境の激変より、動物を用いない、かつ人間の臓器細胞と機能的に差異のないiPS細胞を用いた毒性スクリーニングが注目されています。

  薬物や化学物質の最終投与対象が人間であることを考えるならば、毒性スクリーニングも人間を用いて行なう事が理想ですが、これは実施不可能です。 次善の策として、現在は様々な実験動物を用いて毒性スクリーニングを行ない、人間に外挿しています。 しかし、実験動物と人間とでは代謝メカニズムが異なることが多く、精度の高いスクリーニングは実施出来ません。 さらに、外国、特にEUで強まっている動物愛護の観点により実験動物も使えなくなると、人間同様に毒性スクリーニング自体の実施が出来なくなります。

* 今年度よりEUでは皮膚関連の実験に動物を用いることが禁止されました。 今後は動物を用いた実験データは、EU域内では審査データとして採用されません。 また、製品の販売等も出来なくなります。 動物を用いたin vivo実験から動物を用いないin vitro実験への変換が求められます。 この規制は、化粧品関連企業に対して、早急、かつ厳しい対応を迫るものとなります。

  上記観点で、iPS細胞を用いた毒性スクリーニングの果たす役割が極めて重要となります。 iPS細胞自体は細胞であり、実験動物を用いなくて済みます。 さらに都合が良いのは、iPS細胞はもともと人間の特性を有した細胞であることです。 この事実は、iPS細胞を用いた毒性スクリーニングは、人間に適用した場合とほぼ同じ結果をもたらすと期待出来ることを意味します。

  例えば、変異原性試験として世界中で採用されているAmes試験では実験動物ではなく、細胞を用います。 この試験で用いる細胞は菌由来のものなので、人間とは基本代謝メカニズムが異なっています。 このような手法的な限界がiPS細胞を用いると克服できると期待されるのです。


◇iPS細胞の安定的供給の問題:
  Problem on a stable supply of iPS cells

  上記で述べたように、iPS細胞を用いた毒性スクリーニングは、従来手法による毒性スクリーニングと比較して大きなメリットを有していることが分かります。 このiPS細胞を用いた毒性スクリーニングを実際に運用する場合、最も重要な問題が、iPS細胞の均質、大量かつ安定的な供給です。 これが実現されなければ、毒性を公正かつ安定的に評価する事は不可能となります。

  シンポジウムで受けた感じでは、iPS細胞の安定供給という観点で今後多くの努力が必要であるという感じを受けました。 しかし、この問題の多くは技術的な問題であり、基本原理上での障害ではないので、私個人的には、時間と努力の積み重ねでこの問題は解決されるものと考えます。


◇iPS細胞を用いた毒性スクリーニングとiPS細胞の安定的供給の問題:
  Toxicity screening using iPS cells and problems on a stable supply of iPS cells

  毒性スクリーニングを行なう場合の大きな問題としてiPS細胞の安定的供給があることが見えてきました。 シンポジウムを聴いた感じでは、この実現のための最初で大きなマイルストーンがiPS細胞を人細胞と同じ機能を有する細胞に持ってゆく過程であると感じました。 確かに、iPS細胞を人間の臓器を構成する細胞とするためにはクリアすべき様々な技術上での問題があるようです。
 

  多くのiPS関連研究者は、iPS細胞を人の臓器細胞と同じものとすることに気を取られているようです。 確かに、iPS細胞を用いた再生医療では人細胞と全く同じ機能を有する細胞に導くことが極めて重要です。 しかし、今は毒性スクリーニングを精度高く行なうことがテーマです。 毒性スクリーニングが主たるテーマであるので、完全に人細胞と同じ機能を有するように変化したiPS細胞が必要なわけではありません。 たとえiPS細胞から人臓器への変換が不十分であっても、従来手法による毒性スクリーニングと比較して、iPS細胞をルーツとした細胞を用いることの優位性は明白です。 もちろん人細胞と全く同じであることが理想ですが、この実現がかなり困難で、時間がかかるのであるならば、完全に人の臓器細胞へと変化したiPS細胞でなくとも、毒性スクリーニングという観点に立てば、このスクリーニングを実施する事は可能でしょう。


◇人臓器への分化が不十分な細胞を用いた毒性スクリーニングの可能性:
Potential of toxicity screening using  incomplete organ cells transformed from iPS cells

   毒性スクリーニングの実用化で問題となるのは、実験に用いる細胞の大量、安定供給であることは既に述べました。 最終目的は毒性スクリーニングであるので、実験に用いる細胞の大量、安定供給を満たすiPS由来の細胞を選択し、これらの細胞を用いた毒性スクリーニングプロトコルを構築する事が毒性スクリーニング実用化への最短距離と考えます。 iPS専門研究者はiPS細胞から完全な人臓器細胞への変換ばかりに注力しています。 しかし、毒性スクリーニングが主役であることを考えるならば、大量、安定供給を目指したiPS関連細胞の作製と、それらを用いたスクリーニングプロトコルの作成を考えた方が良いのではないでしょうか。 これでも、菌や動物の細胞を用いた毒性スクリーニングと比較すれば、iPS細胞による毒性スクリーニングの優位性は明白です。


文責:株式会社 インシリコデータ 湯田 浩太郎

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