7月18日に金沢大学で講演致しました。
セミナーには学生や若い研究者が多く参加されていました。 これは、既に分野が確立され、多くの研究者が関与している従来の研究分野と異なり、現在の日本ではあまり実施されておらず、関与する研究者も殆どいない「計算機毒性学(Computational Toxicology)」の普及という観点で、私にとりましては大変貴重なチャンスを与えていただいたと考えます。
この講演で、私は若い研究者からの質問に深い感銘を受け、元気づけられました。
私は講演の中で、「化合物毒性の予測率は10年前、いや私がこの分野で研究を始めた30年前から殆ど変っていない」と話しました。
この話の意図は、化合物の毒性予測というのが極めて難しい問題であり、様々な技術(特にコンピュータ、さらにはデータ解析技術)が一昔と比較して急速に進歩した現代でも、大幅な予測率向上が実現できない極めてやっかいな問題であると知ってほしいというものでした。
講演後に学生の方に話しかけられました。 ”先生、予測が難しいとの話ですが、将来的に予測率は上がってゆくでしょう。 そうしたら、創薬や化合物規制、環境その他の問題が全て一気に解決しますよね”、と言われました。
この意見は、私に非常に大きなインパクトを与えました。
私自身の約30年に及ぶ長い経験から、化合物毒性予測は極めて難しく、大幅な向上はあまり期待できないという、半分はあきらめにも似た考えが心の中に育っておりました。 学生様の話は、私がこの分野で研究を始めたころに持っていた、「問題を解決するぞ」というチャレンジ精神がいつのまにか無くなり、「出来ないことは出来ない」という安易な考えに陥り、その考えで自分をなぐさめていたことに気づかされました。
現在はインシリコによる化合物毒性予測が極めて困難なため、類似化合物からの毒性予測や、毒性メカニズムを解明してからメカニズムに基づいて毒性予測を行なうという、インシリコとはあまり関係の無い形での毒性予測に移りつつあります。 確かにこの方が、間接的ではありますが、理屈が付けやすく、従来型の研究者にも扱えるアプローチとなります。
しかし、インシリコによる毒性予測が急速にその重要性を増したのは、多数の化合物の処理問題、現存する、あるいは開発中の化合物の早急な毒性予測が必要という現実的な問題が差し迫ってきたからです。
類似化合物からの毒性予測は、類似化合物が無い場合の問題や、予測率そのものが低く、類似の基準により予測結果が大きく変動する等の欠点の克服が必要です。 また、毒性メカニズム解明からの毒性予測は、極めて時間のかかるアプローチであり、従来手法の域を超えません。 これは、毒性よりも進歩している薬理活性を考えればすぐわかります。 薬理活性メカニズムの探索も大変な時間と研究が必要ですが、薬理活性メカニズムがわかってもその後の新規薬物探索が極めて困難であるという現実があります。 毒性は薬理活性と比較してメカニズム自体が複雑ですし、メカニズムがわかったから化合物毒性をすぐ予測出来るというような単純なものではありません。 毒性メカニズム優先のアプローチは、時代が要求する大量処理と早急な毒性予測への対応というよりは、サイエンス的な観点を重視した従来型の展開の繰り返しと言えるでしょう。 研究目的が違うと考えるべきです。
インシリコによる化合物毒性予測は実施すれば必ず答えが出ますが、そこそこの値となります。 コンピュータの計算能力が30年前と比較して信じられないほど高速になり、データ解析手法等も昔と比較して様々な手法が展開されていますが、化合物毒性予測の結果は昔と殆ど変りありません。 以上の事実に甘んじて、いつのまにか「出来ないものは出来ない」という安易な気持ちになっていた自分を、学生様の意見は気付かせてくれました。
改めて初心に戻り、インシリコによる化合物毒性予測の精度を高めることを目指します。 これが実現出来れば、創薬、機能性化合物、環境、動物実験廃止への完全対応が全て実現されます。 これが実現した時、世界は大きく変わるでしょう。
金沢大学の学生の方々に改めて感謝いたします。 頑張ります。
文責:湯田 浩太郎
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